亡くなった愛猫の代わりに・・
みい子の仏壇にウサギの縫いぐるみ(ピーターラビット)を飾っている。
「なんで猫の仏壇にうさぎなの?」とみんな言うが・・^^;
老描のみい子が入院したのは旅先の長野だったから、お見舞いの行き帰りに近くのスーパーによく通った。
そのスーパーで、いくら以上の買い物をすると「ピーターラビット」の縫いぐるみが千円で買えると言うのでその縫いぐるみを買った。
退院しても動けないだろうみい子の友達にと思って買った縫いぐるみだから、一人じゃ寂しかろうとみい子の仏壇に置いた。
美しく小さなお墓の前で泣くだけ泣いた慰霊祭も終わり、今は仏壇に手を合わせる日々。
精神的な寂しさはそれで多少は収まるが、日が経つにつれて両手と唇に寂しさが募って行く。
猫はしつこい愛情表現を嫌うと言うが、そんな事は無い。
飼い主に抱きしめられて顔を背けてはいても、それが自分への情愛だと理解し、そこが自分の住処だと安心するようだ。
退院してからの最後の日まで、みい子は私に抱っこして欲しくて、動けない体をなんとか起こそうともがいていた。
点滴のぶら下がった体を抱き上げ、水と大好きなエサをほんの少しだけ口に運び、チューをして抱きしめると、最後の見納めのように、大きく目を見開いてじっと私を見つめ・・・そのまま旅立った。
今、抱きしめて来た両手が寂しい、唇が寂しい・・
だから、仏壇のピーターラビットの両手に顔をうずめ、その鼻づらにチューする。
柔らかい手触りがみい子を抱きしめているようで・・・満足する。